オーケストラの演奏会で指揮者が活躍した主席奏者やセクションを順に指差しながら起立させて、万雷の拍手を誘います。どうか、これから紹介いたします製作スタッフに「スペシャルティコーヒー大全」を読まれた方は、惜しみない拍手をお送りいただきたいものです。
「大全2003」、「大全2011」160ページ。
NHK出版の佐野朋弘さんにまずご起立願いましょう。著者に対して天才の解答ではなく、日々の仕事の中から湧く課題を言葉にして読者に伝えることを求めました。著者のファーブル的好奇心をしっかりと理解してくださった最高の編集者です。何より、まるで農産物のように「本」を育てる人です。そして、シリーズの製作スタッフを共通に召集してくださったプロデューサーにあたります。
田口護の珈琲大全田口護の珈琲大全
(2003/11/16)
田口 護


次いで嶋中労さんは、自身多くの著作を持つジャーナリストで「ビッグペン」プロダクションの事業主でもあります。編集業では、前記佐野さんの大先輩で、佐野さんを役小角に例えるなら氏は前鬼後鬼です。わたしども技術者だけでは到底できないような取材インタビュー、旦部先生の協力部分の取材と叙述の整合性など、ペンを持つ阿修羅のごとき活躍で支えていただきました。
コーヒーの鬼がゆく - 吉祥寺「もか」遺聞 (中公文庫)コーヒーの鬼がゆく - 吉祥寺「もか」遺聞 (中公文庫)
(2011/12/20)
嶋中 労


高橋栄一カメラマンとは著者の雑誌デビューから、おつきあいは30年以上です。「料理の温度が伝わる写真」を目指す氏の映像は、どうか必ず一度しっかりと明るい照明の下で、きちっと本を広げてじっくりとご覧ください。小さい豆粒に奥行きと立体感があり、実際コーヒーを扱っている人なら、思わぬ発見があるはずです。
プレゼンテーション1
山崎信成さんはアートデザイナーです。前作に続き今回もまた図表デザインにどれほど助けられたことでしょう。著者と旦部先生の意図する細やかなデザイン上の照合を表現してくださいました。焙煎度カラーのRGB参考数値も山崎さんの経験と知恵に多くを負っています。シンプルに美しいカバーは高橋さんと山崎さんの畢生の傑作です。
スクリーンショット(2011-04-06 9.41.
そして、今回の特別にお招きした顧問、滋賀医大の旦部幸博先生。薬学を専門とされ、現在は微生物学の研究室で本業のお仕事をしながら、コーヒーに対しても情熱を注がれています。先生の医学の専門分野は臨床でなく基礎です。コーヒーについて「基礎学」というものがあるとすれば、どんなものかという展望が著者と共鳴したのでした。著者は三顧の礼を尽くして、今回のご協力を得ました。もっとも先生は孔明のような軍師ではなく、むしろ安期生のような方です。前述の嶋中さんには「コーヒーに憑かれた男たち」という著作があり、「御三家」の末席を当店店主にご用意くださいましたが、「新(真?)御三家」を選出するなら、旦部先生は必ずやその一人に数えられるでしょう。今回、旦部先生にご協力いただいたことは、まさにコーヒーを認識するために尺度の次元数を増やす、ことになりました。こうして一旦複雑化し鳥瞰したことによってできたお客様との距離を、いかに縮めていくか、わたしどもの今後の課題です。
最初に登場した佐野さんは、解答でなく課題を求めました。答えは人によって違っても、何が課題なのかという問いかけは誰しもが共有できるものです。従来の喫茶店はどちらかというと受動的な商売でしたが、山谷の小さなカフェの店主たちが興した「よいコーヒー」という能動的問いかけが、素晴らしい人々を結びつけたと思います。
そうそう、わたしどもの製作現場は、掛け合い漫才よろしくいつも笑いに満ち溢れていました。カフェスタッフ全員の集合写真が製作アップの恒例で、熟練カメラマンは緊張を解すのも熟練でした。旦部先生も決して厳めしい方でなく、滋賀から「面白い恋人」を手土産に来店されるようなユーモア溢れる先生です。関わるすべての人々からユーモアを引き出すのは、開店以来店主たちの人柄のなせる業で、それこそが長く店を続ける秘訣なのかもしれません。
BKTC-N
2011.12.27 / Top↑
下記はティップス(4)の最後で紹介した研究リポートの一部です。
1997年発行の「コーヒー文化研究№4」掲載の抜粋です。

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「珈琲の味の判断の熟達化(2)」黒沢学、田口護、山口貴行

1問題
珈琲専門店において、従業員にいかに効率的に専門的な知識を伝達するかという問題は重要である。特に、味覚といった宣言的に伝達が困難な(言い換えれば、「ことばによって伝えられない」)知識についてはなおさらである。
 味覚が宣言的に伝達困難であるというその理由は、もちろん第一に味覚の多様性に対して、味覚を表現する語彙が貧困であることによっている。明らかに、微細な差を検出するような繊細な味覚は野生状態のホモ・サピエンスにとって適応的である。そのために、人間が進化の結果として、「既製の言語表現では表現できない(i.e.新奇な刺激を正当に新奇であると弁別できる)」ほどの弁別力をもった味覚を備えていることは、誠に自然なことである。
 しかし、この貧困はそれだけによるものでもなかろう。なぜなら、同様な議論はひとり味覚においてではなく、例えば視覚においても成立するが、視覚は味覚と異なりその共有ができる(と少なくとも直観的には考えられている)からである。この感覚モダリティの差、つまり味覚が視覚と異なる点はその刺激が物理的属性へと還元することが著しく困難であるということに依存していよう。つまり味覚伝達の困難の第二は、その多次元性にあろう。複数個人間での味覚の伝達を困難にしている要因には、少なくとも以上のような要因があると考えられる。
 前稿(黒沢&田口、1996)で著者らはこの多次元性に着目した。そして、多次元性をもつ対象をその次元を落とすことで直観的に把握させうるという性質をもつMDS(多次元尺度構成法)により、味覚表象を視覚的に表現する可能性について言及した。手続としては、n種類の珈琲を飲んだ後で、相互の類似性を判定させる。すると、原理的にはn-1次元のユークリッド空間にこれらn種を布置できる。このとき、なるべくストレスが少なくなるように次元数を減らしていくことで、全体の布置をより少数の次元で把握できる(直観的な説明については前論文を参照)。こうしてできた布置は経験的な知識をもとに解釈されることになる。
 前稿の結果の1つは、この布置は多くは経験的な知識によって解釈可能であることであった。また、前稿の結果を熟達に関する横断的研究と捉えれば、熟達に伴って解釈が少数の次元によって行われるようになっていると解釈できることなども報告した。
 これらの結果が妥当なものであるならば、被験者の経時的な変化によってもまた何らかの変容をみられるはずである。つまり、熟達についての縦断的な研究もまた同様の手法で行えるであろう。そこで、本稿では前回実験から約1年(1年3ケ月)経過した後に同様なデータを取り、そのデータに現れる経時的な変化から珈琲の味判断の熟達について検討する。

実験は以下の手続きで行われた。
1.被験者以外の熟練者が、6種類のミディアムからフルシティ程度の珈琲をペーパードリップ法で抽出する。使用した銘柄はブルーマウンテンNo.1・モカマタリNo.9・コスタリカ・ハワイコナ・グアテマラ・コロンビアである。
2.それぞれの珈琲は約30ccずつ内側が白色のコーヒーカップに入れて被験者に提示される。また、それとは別にグラスに水を入れて提示し、実験中は自由に飲めるようにする。カップにはAからFまでのアルファベットが割り当てられているが、6種の珈琲として何が選ばれているのか、どのカップが何という銘柄なのかは被験者には教示されない。
3.次いで被験者に教示を行う。内容としては、まずこの調査は人間が珈琲の味をどのように判断するかについて調べるもので、個人の味覚やその鋭敏さについて調べるのが目的ではないことを述べる。ついで、A-Fのすべての組み合わせ15対について、非常に似ている=1、から、全く異なっている=10までの間で非類似度の評定を求める。特に時間制限は行わなかったが、所要時間は20分程度であった。また、被験者に銘柄を特定することは求めなかった。
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味覚の多様性と多次元性は、言葉にしたり視覚化が難しい。もし多次元の表現方法が適切なものであれば、その多様な味をわかりやすい形で言葉にしたり、視覚化して伝える助けになるはずです。
様々な個性的なコーヒーの微細な違いを表すには、一旦「尺度の次元数を増やしてみる」ことで、複雑だけれどプロであれば抱けるイメージが作れるのではないか。そして、それを実際に使う現場にあわせて、次元数を増減調整すれば、最終的に消費者にわかりやすい伝達の手助けになるのではないかと考えられます。
現行のスペシャルティ素材のカッピングでは、焙煎度というひとつの尺度をできる限り統一して、次元をひとつ減らし----例えば「大全2011」で採り上げた2種のカッピングフォームに「苦味」がないことも同じ方向性を持っているといえないでしょうか----一定のカッピングフォームで評価した素材を、もう一度次元数を増やしながら、消費者に届ける最終目的の味を設計していきます。
そう考えると、当店店主が「大全2003」で著してきたことは、コーヒーというものを、またその味というものを努めて「視覚化」する試みでした。消費者の立場に立って、同時に焙煎する者の立場に立って、コーヒーの味の総体や焙煎技術、焙煎による味風味の変化を何とか「見える」ものに、「記録できる」ものに、しようと努力してきたといえます。

このときご協力いただいた黒沢先生の大学での市民講座をお手伝いした折、そこで仮定されていたことは次のようなことでした。試飲サンプル数が3~4点程度なら、「味覚を表現する語彙が」十分足りる被験者が多く、飲んだコーヒーの味を記憶するために印象を言葉で表現することで、かなりの確度で記憶の味風味を特定できる。しかし、サンプルが増えるにつれて、「味覚を表現する語彙が」不足します。そこに様式がシンプルで項目の少ないカッピングフォームを導入して、味風味の強度を数値化してもらいます。より多くのサンプルを評価するために語彙の貧困を補う手法が適切なら、記憶の味風味を特定する確度が上ります。さらにサンプル数が増えていった場合、フォームによる数値化でも情報が足りなくなります。そこへ前述の「相互の類似性を判定」し視覚化する評価手法を組み合わせていくことで、記憶の確かさがより向上するであろうし、訓練結果の判定にも役立つ。ただし、サンプル数が3~4点程度なら言葉で表現し記録するだけで、十分に記憶で味を特定できる、というものでした。
試験方法は、被験者に数種類のコーヒー(例a、b、c、d)を試飲させ、「言葉」で記録するグループ、「強度」の数値で記録するグループ、「類似性」の数値で記録するグループに分かれ、記録をとります。その後、同じ数種のコーヒーをラベル表示を変えて(例ア、イ、ウ、エ)再試飲し、記憶と記録を頼りに同じコーヒー同士を照合します。
スペシャルティコーヒーの場合、素材評価はサンプル数が多く、焙煎加工、販売と段階を経るごとに評価すべきサンプル数が減ることになります。素材を評価するレベルと、販売商品の伝達レベルでは、記憶の記録手法の選択や重点の置き方が変わってきます。
最後に、黒沢先生のレポートや市民講座の内容を引用させていただきました。拙く不正確なところもあると思いますが、ご容赦くださいませ。
BKTC-N
2011.12.25 / Top↑
沢山のご注文を頂き、誠にありがとうございます。
ご好評頂いております『シュトレン』が完売いたしました!
ただ今、焼き上げの大詰めを迎えております。

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しっかり焼き上げた『シュトレン』は、
たっぷり溶かしバターを塗り、バニラシュガーの中に
埋め込みます。

2011121221150000-1.jpg

ただ今、ご予約いただきました分を順次発送させていただいております。
来年も、沢山のご注文をお待ちしております!
ありがとうございました。
2011.12.13 / Top↑
スペシャルティ時代になって、生産者の技術の向上も著しいものがあります。
つまり、コーヒー生産者が自分が作っているコーヒーについて、何をどう変えると、どんな味になるか、をよく知っていて、その上で消費国側に提案してくるのです。
20余年前、わたしBKTC-Nが初めて中米を訪問した際、現地の生産者に当店のその生産国産のコーヒーを持参して試飲してもらいました。お世辞もあったかもしれませんが、自分たちが生産したコーヒーがこんなに素晴らしい味で消費されているとはうれしい、しかし自分たちのコーヒーがこのように素晴らしい味に加工され飲まれているということを、生産者自身は体験できない場合がほとんどなのです、と。生産者が作って確認している味が、得意先消費国にとって望まれる味なのかどうか、確認できないというのです。これでは、消費国側のイエス・ノーしかわからず、要求され選択されるものを「よし」として生産するしかない。どんな味ならもっと喜ばれるのか、高くても買ってくれるのかがわからない。試飲させてもらった味ならば、よい味として共有できるし、それを反映させたコーヒーを生産できるだろう----。
あれから20年。いまおつきあいさせていただいている生産者の方々はみな、自分たちの作るコーヒーの味を正確に把握している方が多い。実際、とても素晴らしい味に焙煎して飲んだり販売したりしている生産者もいます。自分の生産しているコーヒーのキャラクターを、使用している消費国側の焙煎者が味覚的に、また技術的に共有できているかどうかをしっかりと確認できるのです。例えばSCAJ展示会などで訪日すれば、自分の生産したコーヒーが想定以上に素晴らしい味で飲まれているとか、想像以上にキャラクターを活かさず商品化しているとか、いったことを見抜かれてしまうのです。
さてバッハでは、そうした機会があると生産者に生豆のハンドピック(大全2003 30-37ページ)を見てもらいます。いただいたコーヒー生豆は1トンであろうが10トンあろうが、全てていねいに選別し、より精製度を上げて販売していると伝えます。当店スタッフの手作業のスピードと正確さに一瞬驚くものの、生産者もすぐに手を出し、自分たちも同じスピードと正確さでできることを見せます。収穫から精製までの生産処理は、短く集中して期間が決まっているので、その限られた時間内で精一杯精製度をあげているのです。その精製度をさらに上げる最後の仕上げの工程をわたしたちが実行していることを知って、生産者はとても喜びます。なぜなら生産者の努力と工夫を共有できる仲間として、またもし生産者が精一杯の努力を怠った時、すぐに見抜かれてしまう手強い取引先として、本当に対等なおつきあいができるのです。


「精製法も大きく変わった」(大全2011 26-27ページ)
各精製法の呼称については、日本の中では呼称はまちまちです。実際には言語の違いもあり海外でも、同様まちまちです。
基本的には、できるだけ参考文献にしたがって表記に注意しましたが、4つの精製法「ナチュラル」「ウォッシュト」「スマトラ」「パルプドナチュラル」を紹介しました。
ただ、それらもさらに、下記のような微妙な過程の違いがあります。
(例1)
「ウォッシュト」の醗酵槽による醗酵工程の「有無」。
「有」は、グアテマラなら「トラディショナル」です。
「無」は、エルサルバドルで開発された粘液質除去機(ミューシレージ・リムーバー)を使用した水洗です。ブラジルでは「エコ・ウォッシュド」ともいわれます。
(例2)
乾燥の熱源と乾燥の方式、その組み合わせも様々です。
乾燥機による機械乾燥、天日乾燥、その併用。
パティオ(コンクリかレンガの乾燥場)、アフリカンベッド(棚上に張ったネット上で乾燥)の選択。
昨今では実験的に赤い実を乾燥機で乾燥したり、スマトラ式にアフリカンベッドを組み合わせたり、という具合です。
(例3)
「パルプドナチュラル」では、粘液質を100%残存させて乾燥する「ハニー」製法(乾燥したパーチメントが赤くなるところから「レッド・ハニー」の別称)。
粘液質除去の度合を70%、50%、30%と調節する製法もあります(「レッド・ハニー」に対して「イエロー・ハニー」と呼ぶところもあります)。

これらが、栽培する樹の品種や栽培環境などと複雑に絡み合います。
「大まかな法則のようなもの」はあると思いますが、これでは「個別対応」する以外ありません。
世界のコーヒー生産者が、自ら質を問い直し、高く評価され高く売れる製品を作る努力をしている、というのは、実はコーヒー生産の歴史上初めてではないでしょうか。21世紀の喜ばしい奇跡と思います。
そして個別対応から、考え出されたのが、3Dというイメージモデル作りです。(大全2011 88-90ページ)これは、10年以上前に黒沢学先生との研究に触発されて着想されたものです。どんな研究かは、次回ご紹介します。
BKTC-N
2011.12.04 / Top↑