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新しい本をご紹介いただきました。

ありがとうございます。

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本書において実用性と読み物としての面白さが同居していることが、コーヒーそのものの奥深さを示すものであるし、コーヒーに憑かれた人々の魅力を少しだけ説明してくれる気がする。

著者たちが、どうすれば「おいしい」コーヒーができるかを語っているのではなく、何をどうすればどのような味が引き出せるかについて語っていることだ。----その客観性と、田口さんの押し付けがましさのない懐の深さは根を同じくしているのだろう。

本書は、単純ならざるコーヒーの味わいを「単純化して」解説したものではない。複雑な対象に著者たちが真剣に取り組んで得た貴重な情報である。どの章のどの項でもいい。読んでからコーヒーを飲めば、味わいが深まるに違いない。

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たいへんありがたいお言葉です。(店主)
2014.03.14 / Top↑
昨晩から今日にかけてのこの風は
春の嵐なのでしょうか?

風はまだ冷たいですが、日差しは春らしくなってまいりましたね!

バッハのショーケースにも春を感じさせるケーキが
並びました♪

タルトタタン、苺のタルト、シブースト・・・
コーヒーは何と合わせましょうか♪

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2014.03.06 / Top↑
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午後7時すぎに撮影しました。
生地のサクサク感は素晴らしく生きていて、ナイフを入れると底のパイ生地までス-ッと切れもよく、底生地がハラハラと散るくらいです。
ディプロマットのきめも細かく、バニラの風味が口いっぱいに広がります。今さっきできたばかりのようなのです。どうか一度お試しください。
コーヒーは、しっかりコク苦みのマラウイでディプロマットに合わせるか、シューとパイの生地のようなリッチな風味のドンパチ・ティピカで合わせるか。あとはカウンターで、コーヒーマイスターにお尋ねくださいませ。(バッハ試食課一同)
バニラに対抗してスパイシーマンデリンも合います。(バッハコーヒーマイスターズ一同)
2014.03.05 / Top↑
店主の新刊がでてはや1か月。蔦屋でのイベントも終わり、おおむね好評のうちにむかえられていることがわかってきました。
この本の宣伝のための帯には、やや大げさな言葉が並んでいます。
「コーヒーの香味を自由自在にコントロールする」
旦部先生の序文を読むと「コーヒーの香味を自由自在にコントロールしてみたい----自家焙煎に携わる人なら誰しも夢見る一大目標です」とあります。
できるだけ多くの人にお読みいただきたいと思いますが、どうか最後まできちっと読みきっていただきたいと願います。

勝手に帯を書きかえてみます。

18年前「科学者(Scientist)」と「職人(craftsman)」が出会いました。
科学者は職人に「科学(science)」を分かち与えました。
職人は科学者に「知恵(wisdom)」を分かち与えました。
彼らは、「良心(conscience)」という名前の美味しいブレンドを作り出しました。


昨年、神保町の岩波ホールに行列を作った「ハンナ・アーレント」という映画があります。
その映画について、興味深いエッセイがあります。岡野八代「『ハンナ・アーレント』を見る前に」です。

(前略)「友人」は、開かれた公的領域において、共有する関心事をめぐって、自由に議論を闘わせる関係にある。喧々諤々の議論は、関心を共有しているという、むしろ喜ばしい経験である。何かに関心interest があることを、人との間にあること( inter 間に est ある )とアーレントは考えた。
アイヒマン裁判のレポートをめぐって、論争することは喜びであると分かち合っていた長年の友ブルーメンフェルトから自らの考えを拒絶されるアーレントの苦悩は、したがって彼女の思想の核心を揺るがすほどのものだったに違いない。アーレントこそじつは、アイヒマンが悪魔のような人間であればどれだけ救われたか、と思ったのではないか。しかし、本映画で示される思考は、〈分かりやすさ〉や〈自分が知りたい〉ことではなく、自らを裏切らないことの大切さと同時に、自らに誠実であることの困難さを示している。(後略)

アーレントはあらゆる批判から逃げず、発表した裁判傍聴レポートを「最後まで読めば理解できる」というのですが、引用のように大切な友人から拒絶されます。
そして、学生を前に8分間に及ぶ講義のシーンで締めくくられます。

(前略)学生たちは、まっすぐアーレントを見つめ真剣に聞いている。
アーレント「彼のようなナチの犯罪者は、人間というものを否定したのです。そこに罰するという選択肢も、許す選択肢もない。彼は検察に反論しました。何度も繰り返しね。“自発的に行ったことは何もない。善悪を問わず、自分の意志は介在しない。命令に従っただけなのだ”と」
アーレント「こうした典型的なナチの弁解で分かります。世界最大の悪は、平凡な人間が行う悪なのです。そんな人には動機もなく、信念も邪心も悪魔的な意図もない。人間であることを拒絶した者なのです。そしてこの現象を、私は『悪の凡庸さ』と名づけました」
ミラー「先生、先生は主張してますね。“ユダヤ人指導者の協力で死者が増えた”」
アーレント「それは裁判で発覚した問題です。ユダヤ人指導者は、アイヒマンの仕事に関与してました」
ミラー「それはユダヤ人への非難ですよ」
アーレント「非難など一度もしてません。彼らは非力でした。でも、たぶん、抵抗と協力の中間に位置する何かは……あったはず。この点に関してのみ言います。違う振る舞いができた指導者もいたのではと」
アーレント「そして、この問いを投げかけることが大事なんです。ユダヤ人指導者の役割から見えてくるのは、モラルの完全なる崩壊です。ナチが欧州社会にもたらしたものです。ドイツだけでなく、ほとんどの国にね」
アーレント「アイヒマンの擁護などしてません。私は彼の平凡さと残虐行為を結びつけて考えましたが、理解を試みるのと、許しは別です。この裁判について書く者には、理解する責任があるのです!」
アーレント「ソクラテスやプラトン以来私たちは“思考”をこう考えます。自分自身との静かな対話だと。人間であることを拒否したアイヒマンは、人間の大切な質を放棄しました。それは思考する能力です。その結果、モラルまで判断不能となりました。思考ができなくなると、平凡な人間が残虐行為に走るのです。過去に例がないほど大規模な悪事をね。私は実際、この問題を哲学的に考えました。“思考の嵐”がもたらすのは、知識ではありません。善悪を区別する能力であり、美醜を見分ける力です。私が望むのは、考えることで人間が強くなることです。危機的状況にあっても、考え抜くことで破滅に至らぬよう。」


映画館で映画を鑑賞するように「一気に読みました」という方に何人かお会いしました。
アーレントの考えるような「友人と関心を共有する」----そんな役にたつ本になることを願っています。(BKTc-N)


2014.03.05 / Top↑
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(写真提供*山崎信成デザイナー)


2月23日よる、新刊の出版を記念してNHK出版主催でトークイベントが行われました。
場所は話題の代官山蔦屋書店です。キッズコーナーの一角、親子休憩スペースが当日はトークイベント会場に早変わりしました。蔦屋書店で本を購入したお客様に整理券が配られました。満員盛況でした。
料理書コンシェルの後藤様、大西様には感謝申し上げます。蔦屋書店スタッフのおかけで、大変素晴らしいイベントになったと思います。後藤さんは「バッハの田口さんは技術だけでなく経営やサービスついても素晴らしい考えをお持ちです」と「カフェ100年」の本もアピールしてくださいました。
店主は、「旦部先生とは18年のお付き合いです。従って今度の本は18年越しの成果なのです。18年目にしてこんなに多くの人に旦部先生をご紹介できるのは大変光栄です。」「45年前開店したころにこのような本があったらどんなによかったでしょう。この本を読んでから自家焙煎店を計画する人たちがうらやましい。」と旦部先生との出会いと協同作業を大いに喜びました。
トークが終了した後も、質問、握手サイン、記念写真と賑やかな行列ができました。
クラシック音楽の世界には、何歳になっても意気軒昂な演奏家がたくさんいます。お若い旦部先生と並んでいると、現在の店主と同じ歳にラフマニノフの第3ピアノ協奏曲をビデオ収録したホロヴィッツを想いおこします。ちょうど同じくらい年齢差のあるメータが指揮者として競演しました。ホロヴィッツは、その5年後に初来日して体調不良から「ヒビの入った骨董の壺」と評され有名になりますが、実はさらにその3年後再来日して評価を逆転するのです。
当店店主も日々努力継続中です。イベントの数日前までアフリカにいたのですから。(BKTc-N)


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2014.03.02 / Top↑