下記はティップス(4)の最後で紹介した研究リポートの一部です。
1997年発行の「コーヒー文化研究№4」掲載の抜粋です。

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「珈琲の味の判断の熟達化(2)」黒沢学、田口護、山口貴行

1問題
珈琲専門店において、従業員にいかに効率的に専門的な知識を伝達するかという問題は重要である。特に、味覚といった宣言的に伝達が困難な(言い換えれば、「ことばによって伝えられない」)知識についてはなおさらである。
 味覚が宣言的に伝達困難であるというその理由は、もちろん第一に味覚の多様性に対して、味覚を表現する語彙が貧困であることによっている。明らかに、微細な差を検出するような繊細な味覚は野生状態のホモ・サピエンスにとって適応的である。そのために、人間が進化の結果として、「既製の言語表現では表現できない(i.e.新奇な刺激を正当に新奇であると弁別できる)」ほどの弁別力をもった味覚を備えていることは、誠に自然なことである。
 しかし、この貧困はそれだけによるものでもなかろう。なぜなら、同様な議論はひとり味覚においてではなく、例えば視覚においても成立するが、視覚は味覚と異なりその共有ができる(と少なくとも直観的には考えられている)からである。この感覚モダリティの差、つまり味覚が視覚と異なる点はその刺激が物理的属性へと還元することが著しく困難であるということに依存していよう。つまり味覚伝達の困難の第二は、その多次元性にあろう。複数個人間での味覚の伝達を困難にしている要因には、少なくとも以上のような要因があると考えられる。
 前稿(黒沢&田口、1996)で著者らはこの多次元性に着目した。そして、多次元性をもつ対象をその次元を落とすことで直観的に把握させうるという性質をもつMDS(多次元尺度構成法)により、味覚表象を視覚的に表現する可能性について言及した。手続としては、n種類の珈琲を飲んだ後で、相互の類似性を判定させる。すると、原理的にはn-1次元のユークリッド空間にこれらn種を布置できる。このとき、なるべくストレスが少なくなるように次元数を減らしていくことで、全体の布置をより少数の次元で把握できる(直観的な説明については前論文を参照)。こうしてできた布置は経験的な知識をもとに解釈されることになる。
 前稿の結果の1つは、この布置は多くは経験的な知識によって解釈可能であることであった。また、前稿の結果を熟達に関する横断的研究と捉えれば、熟達に伴って解釈が少数の次元によって行われるようになっていると解釈できることなども報告した。
 これらの結果が妥当なものであるならば、被験者の経時的な変化によってもまた何らかの変容をみられるはずである。つまり、熟達についての縦断的な研究もまた同様の手法で行えるであろう。そこで、本稿では前回実験から約1年(1年3ケ月)経過した後に同様なデータを取り、そのデータに現れる経時的な変化から珈琲の味判断の熟達について検討する。

実験は以下の手続きで行われた。
1.被験者以外の熟練者が、6種類のミディアムからフルシティ程度の珈琲をペーパードリップ法で抽出する。使用した銘柄はブルーマウンテンNo.1・モカマタリNo.9・コスタリカ・ハワイコナ・グアテマラ・コロンビアである。
2.それぞれの珈琲は約30ccずつ内側が白色のコーヒーカップに入れて被験者に提示される。また、それとは別にグラスに水を入れて提示し、実験中は自由に飲めるようにする。カップにはAからFまでのアルファベットが割り当てられているが、6種の珈琲として何が選ばれているのか、どのカップが何という銘柄なのかは被験者には教示されない。
3.次いで被験者に教示を行う。内容としては、まずこの調査は人間が珈琲の味をどのように判断するかについて調べるもので、個人の味覚やその鋭敏さについて調べるのが目的ではないことを述べる。ついで、A-Fのすべての組み合わせ15対について、非常に似ている=1、から、全く異なっている=10までの間で非類似度の評定を求める。特に時間制限は行わなかったが、所要時間は20分程度であった。また、被験者に銘柄を特定することは求めなかった。
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味覚の多様性と多次元性は、言葉にしたり視覚化が難しい。もし多次元の表現方法が適切なものであれば、その多様な味をわかりやすい形で言葉にしたり、視覚化して伝える助けになるはずです。
様々な個性的なコーヒーの微細な違いを表すには、一旦「尺度の次元数を増やしてみる」ことで、複雑だけれどプロであれば抱けるイメージが作れるのではないか。そして、それを実際に使う現場にあわせて、次元数を増減調整すれば、最終的に消費者にわかりやすい伝達の手助けになるのではないかと考えられます。
現行のスペシャルティ素材のカッピングでは、焙煎度というひとつの尺度をできる限り統一して、次元をひとつ減らし----例えば「大全2011」で採り上げた2種のカッピングフォームに「苦味」がないことも同じ方向性を持っているといえないでしょうか----一定のカッピングフォームで評価した素材を、もう一度次元数を増やしながら、消費者に届ける最終目的の味を設計していきます。
そう考えると、当店店主が「大全2003」で著してきたことは、コーヒーというものを、またその味というものを努めて「視覚化」する試みでした。消費者の立場に立って、同時に焙煎する者の立場に立って、コーヒーの味の総体や焙煎技術、焙煎による味風味の変化を何とか「見える」ものに、「記録できる」ものに、しようと努力してきたといえます。

このときご協力いただいた黒沢先生の大学での市民講座をお手伝いした折、そこで仮定されていたことは次のようなことでした。試飲サンプル数が3~4点程度なら、「味覚を表現する語彙が」十分足りる被験者が多く、飲んだコーヒーの味を記憶するために印象を言葉で表現することで、かなりの確度で記憶の味風味を特定できる。しかし、サンプルが増えるにつれて、「味覚を表現する語彙が」不足します。そこに様式がシンプルで項目の少ないカッピングフォームを導入して、味風味の強度を数値化してもらいます。より多くのサンプルを評価するために語彙の貧困を補う手法が適切なら、記憶の味風味を特定する確度が上ります。さらにサンプル数が増えていった場合、フォームによる数値化でも情報が足りなくなります。そこへ前述の「相互の類似性を判定」し視覚化する評価手法を組み合わせていくことで、記憶の確かさがより向上するであろうし、訓練結果の判定にも役立つ。ただし、サンプル数が3~4点程度なら言葉で表現し記録するだけで、十分に記憶で味を特定できる、というものでした。
試験方法は、被験者に数種類のコーヒー(例a、b、c、d)を試飲させ、「言葉」で記録するグループ、「強度」の数値で記録するグループ、「類似性」の数値で記録するグループに分かれ、記録をとります。その後、同じ数種のコーヒーをラベル表示を変えて(例ア、イ、ウ、エ)再試飲し、記憶と記録を頼りに同じコーヒー同士を照合します。
スペシャルティコーヒーの場合、素材評価はサンプル数が多く、焙煎加工、販売と段階を経るごとに評価すべきサンプル数が減ることになります。素材を評価するレベルと、販売商品の伝達レベルでは、記憶の記録手法の選択や重点の置き方が変わってきます。
最後に、黒沢先生のレポートや市民講座の内容を引用させていただきました。拙く不正確なところもあると思いますが、ご容赦くださいませ。
BKTC-N
2011.12.25 / Top↑
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