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山の珈琲屋 飯舘「椏久里」の記録山の珈琲屋 飯舘「椏久里」の記録
(2013/03/11)
市澤 秀耕、市澤 美由紀 他

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以前このブログでご紹介した「フクシマ」という本を出版した言叢社さんが、そのシリーズともいえる新刊を出しました。その「フクシマ」取材時、当店の店主は言叢社さんに、仲間のカフェを紹介しました。
そのカフェをベースに取材し、言叢社さんは菅野氏へのインタビューを行いました。その過程で言叢社さんは、その場所を提供した「カフェ」を次のテーマにしました。そんな関係から当店主に推薦人の依頼をいただきました。昨日、言叢社の五十嵐さんから、下記の手紙と共に本が送られてきました。(BKTc-N)

問い合わせ先 言叢社

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読者の方へ
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福島第一原発事故からもうすぐ2年がたちます。飯舘でコーヒー屋さんをいとなんでいて、現在避難先の福島市で再開した「夫婦の記録」を本にしました。
編集をおえてみて、ひと一人の命は、危機に直面して否応なく人生の際の課題に立たされることになります。この人生が孕んでいる深さをかかえて、それぞれの方々が、避難先で生きるたたかいをされているのをあらためて思います。ぜひ多くの方にご紹介いただきたく、よろしくおねがいします。  (言叢社担当・五十嵐)
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『山の珈琲屋 飯舘「椏久里」の記録』市澤秀耕+市澤美由紀著

夫婦そろって役場をやめ、飯舘村の山の中で自家焙煎の珈琲屋さんを始め、「こんな山の中でー、なにかんがえてんのかー」とみんなにいわれながら、一つ一つ自分たちの桃源郷をたぐりよせてきて20年、峠の珈琲屋さんは、近隣100キロ圏にお客さんを持つ、名の知られる珈琲屋さんに育ちました。
その桃源郷に降りそそいだ放射能、一挙に暗転した全村避難。その3か月後に、不安をかかえつつも、いちはやく福島市内でコーヒー店を再開。はからずも避難した人々や近隣の人々のよりどころとなる場になり、改めて育ててきた「生業の力」に気づく。
原発事故から、はや2年、自分の心のなかにめばえてくる難民の感覚をかかえこみながら、精神のバランスの上に日一日を暮らしつづけること、賠償やさまざまな訴訟などの雑事の上に普段を暮らしつづけること、「故郷を取り戻す」こと「掛け替えのない人生」であること、この長期にわたる時間をみつめつづけ、生活をいとなみつづけること。揺れ動く被災者の内面と日常の営みが率直にしなやかに記述されています。避難者に、読者にもそれぞれの「自前の築きあげる力」にとどき、響きあう本であればと、願う次第です。

飯舘の家(うち)では昔から、おばあさんが知らない人にでも「あがってがっせ-」「お茶飲んでがっせ-」と人を寄せていた。ほいども泊めていたと聞いています。僕たちが今やっているコーヒー屋もボクにとっては、その延長線にあるように思います。(秀耕)
避難になろうとしている時、雑誌の取材があり、「あなたにとって一番大切なものは」と質問され、おもわず「焙煎機です」と答えました。……事故後いったい自分たちはどうすればいいんだろう。何を持ち出し、どこに避難しようか。せめて、焙煎機だけは持ち出したい、一つの希望みたいなものでした。(美由紀)
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市澤さんの畑の周縁には、小さな花が額縁を作るように植えられていました。記憶が間違っていなければ、亡くなられた市澤さんのお父様が野菜作りのかたわらに植えられた、とうかがいました。いつも畑にいて、丹精をこめているお父様が市澤さんの畑の「花」でした。砂漠でも咲いて疲れた旅人を朝露で癒すシャロンの花のようなカフェは、引っ越しましたが、今もいつものようにお客様を迎えています。
「名もない花には名前を付けましょう/この世に一つしかない/冬の寒さに打ちひしがれないように/誰かの声でまた起きあがれるように」
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2013.03.04 / Top↑
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